抗菌薬関連脳症―セフェピム脳症―
抗菌薬関連脳症(antibiotic-associated encephalopathy;AAE)は、入院患者における意識障害の原因の一つとして知られていますが、十分認知されているとはいえません。患者さんは高齢者で、認知症のかたも多いと思われ、夜間せん妄や、認知症の周辺症状と誤診されていることが多いと思われます。
抗菌薬関連脳症 (以下AAE)は抗菌薬投与に伴う重篤な中枢神経障害として、重篤な経過を辿る場合があります。発症頻度は約 1 % 以下と報告されており、副作用の頻度としては少ないですが、ICUでは1年間で何百人にも抗菌薬を使用しているで、ある一定数は患者がいることが想定されます。腎機能低下患者を多く含むICU患者を対象とした研究ではセフェピム(CFPM)による中枢神経障害の発症は15%との報告もあります1)。
AAEはメトロニダゾール脳症2)やセフェピム脳症が有名ですが、どの抗菌薬でも起こる可能性があります。臨床所見としては、意識障害、痙攣、ミオクローヌス、精神変化、小脳失調などです。いずれも特異的な所見ではありません。
AAEはType Ⅰ(けいれん発作・ミオクローヌス主体;ベータラクタム薬)、Type Ⅱ(精神病症状主体;フルオロキノロン、マクロライド、ST合剤)、Type Ⅲ(小脳症状主体;メトロニダゾール)に分類され、CFPMを含むセファロスポリン系やペニシリン系の抗菌薬で生じるとⅠ型AAEに分類されます。Ⅱ型AAEの特徴は,抗菌薬投与開始後数日以内に発症し、ミオクローヌスまたはてんかん発作を起こすことが多いとされています。MRIでは異常がなく、脳波で徐波や三相性全周性放電などの非特異的徴候を認めるとされます。とくにセファロスポリン系では約半数が非痙攣性のてんかん発作であるとされ、抗菌薬中止で数日以内に症状は消失するとされています。機序としてはβラクタム系の抗菌薬によるγ‒aminobutyric acid class A receptor(GABAAR)における抑制性神経伝達の阻害が考えられています3)。
AAEではセフェピムの報告が多く、分析も多く為されています3)。セフェピム投与されてから症状が出現するまでの期間は1日~16日と報告されています。脳波検査では三相波を認めますが、三相波は肝性脳症や尿毒症、電解質異常、薬剤性脳症等でも認められ、脳波のみで原因を特定することは難しいとされています。一方、全般性の脳波異常に比して意識障害の程度が比較的軽いことがセフェピム脳症をうたがう一つのポイントとなるという報告もあります4)。治療方法はまずセフェピムの中止であり、セフェピム中止のみで改善することが多いですが、てんかん重積状態に対して抗けいれん薬を併用される例も多いです。セフェピムは、投与量のほとんどが腎から排泄される腎排泄型の抗菌薬であり、腎機能低下患者では血中濃度が上昇します。セフェピムを投与した58例中5例で中枢神経系副作用が出現し、いずれも血液透析患者であった等、セフェピム脳症は腎機能低下例で多く報告されており、血中濃度が測定された例では、いずれも高値を示しています。しかし、腎機能障害が軽度であっても、髄膜炎治療中にセフェピム脳症を呈した報告5)等、髄膜炎等の血液脳関門が障害された状態では、セフェピム脳症が誘発されやすいことが示唆されています6)。血液脳関門は毛細血管内皮細胞間に形成されるタイトジャンクションにより、必要な栄養素の摂取を可能にしつつ血液中を循環する病原体や有害物質から中枢神経系を保護する選択的障壁として作用していますが脳腫瘍及び転移性脳腫瘍、多発性硬化症、Alzheimer病等の神経学的障害がある患者においては、タイトジャンクションの障害により透過性が亢進していることが報告されています。セフェピムの血液脳関門の通過性は高くはなく、ラットを用いた検討では、脳での組織内濃度は血漿の1%程度とされています。血液脳関門が障害された状態では、中枢神経系での濃度が上昇し,脳症を引き起こす可能性があると考えられています6)。
感染症の所見が改善しているにもかかわらずセファロスポリン系抗菌薬開始から2~7日程度で意識レベルの変容を認める場合、なかでもCFPM投与例や腎機能障害者、Alzheimer病などの脳関門が障害された患者の場合は,AAEの可能性を考え抗菌薬の変更を検討するべきと考えられます。セファロスポリン系抗菌薬によるAAEを疑い抗菌薬を変更する 場合は、メロペネムなどのβラクタム系以外の抗菌薬への変更が望ましいとも考えられます7)。CFPMの神経毒性に一時的な血液透析が有用であったとする報告もあり8)、症状が遷延する場合の選択肢の一つです。
令和6年11月7日
菊池中央病院 中川 義久
参考文献
1)Bhattacharyya S et al ; Antibiotic‒associated encephalopathy. Neurology 2016; 86: 963 ‒ 71 .
2)増加しているメトロニダゾール脳症
3)Payne LE et al : Cefepime-induced neurotoxicity: a systematic review . Critical Care 2017 ; 21 ; 1 – 8.
4)代田 悠一郎ら:セフェピム塩酸塩投与により周期性あるいは律動性脳波所見を呈した2症例 . 臨床神経学 2012 ; 52 ; 356 – 359 .
5)戸田論補,他:細菌性髄膜炎治療中に意識障害が出現し,非痙攣性てんかん重積との鑑別が問題となったCefepime脳症の1例 . 臨床神経学 2016 ; 56 ; 678 – 683 .
6)箭内 英俊ら:脳転移を有する小細胞肺癌患者に認められたセフェピム脳症の1例 . 日内会誌 2019 ; 108 ; 568 – 574 .
7)雨宮 伸幸ら:腹膜炎加療中にセファロスポリン系抗菌薬関連脳症を生じた腹膜透析患者の1例 , 2023 ;56 ; 243 – 249 .
8)Lam S et al : Cefepime neurotoxicity:case report, pharmacokinetic considerations, and literature review. Pharmacotherapy 2006; 26: 1169 ‒ 1174 .
https://accpjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1592/phco.26.8.1169