経鼻インフルエンザワクチンーフルミストー

経鼻インフルエンザワクチンーフルミストー

 最近の数年間は年間5000万ドーズ以上のインフルエンザワクチンが使用されており、毎年約4割の国民がインフルエンザワクチンを接種していると考えられています1)。一方で2018/19シーズン(2018年9月~2019年8月)に医療機関を受診したインフルエンザ患者は1200 万人以上と考えられており、現在のように患者数が報告されるようになって以降(1999年4月以降)の最大規模の流行となるなど、未だにインフルエンザの流行は冬の風物詩として繰り返されておりインフルエンザという感染症のコントロールに完全に成功しているとは言い難い状況が続いています。現在、日本国内で使用されているインフルエンザワクチンは、精製ウイルスの脂質成分をエーテルで除去した不活化抗原を皮下に接種するインフルエンザHAワクチンです。このワクチンによるインフルエンザ予防効果は流行株とワクチン株との抗原性の相違や流行の規模など様々な因子により変化することから一概に評価することは難しいですが、抗原性が一致した流行においてもワクチン効果は5割程度と考えられています1)。5割というワクチン効果は、罹患者の総数を減らすという公衆衛生的な観点では非常に重要ですが、流行そのものをコントロールするには不十分で、個々の接種者にとってもワクチンの効果をなかなか実感しにくく、より効果の高い新しいワクチンの開発が望まれていました。
 そこで今年登場したのが経鼻生ワクチン(商品名フルミスト)です。このワクチンは、低温馴化培養されたインフルエンザウイルスワクチンで、25℃という低温で増殖するため、人体内の37℃の温度環境では活性が大きく低下します。この弱毒化インフルエンザウイルスを鼻腔内に噴霧することでインフルエンザ疑似感染状態をつくり免疫を誘導するものです。今までのワクチンが感染を防御できない理由として,皮下注射では血清のIgG抗体を上昇させることはできますが、粘膜面への分泌型IgAを誘導することができないためと考えられています。またワクチン製造に用いられたウイルス株と流行するウイルス株が一致しなかった場合にはワクチンの効果は期待できません。分泌型IgAは中和反応によってウイルスの活性を弱め、凝集反応によってウイルスを粘膜面から排除し生体内への侵入を防ぎます。さらに分泌型IgAの特徴として異なる亜型に対する交差防御効果があります。そのためインフルエンザに対する粘膜免疫誘導型ワクチンとして経鼻ワクチンが開発されました。臨床研究では、血清には高いレベルの抗hemagglutination(HA)IgG 抗体が、鼻腔洗浄液には高いレベルの抗HA IgA抗体が検出され、経鼻投与された不活化全粒子ワクチンのほうが、注射ワクチンよりも免疫原性が高い報告もあります2)。しかし問題点もあり、すべてのインフルエンザウイルスに効果があるわけではないこと、生ワクチンを使用するため接種禁忌の症例があること、免疫応答が弱い高齢者には効果が弱いこと、生ワクチンのためワクチンの品質保持には,2~8℃保存が必須であり有効使用期限も18週と短くワクチンの保存状態によっても効果が左右されることが予想されます2)
 なお本邦での2歳以上19歳未満の健康小児910例を対象にしたプラセボ対照二重盲検比較試験の結果は相対リスク減少率は、28.8%と報告されています3)

第一三共ホームページより

 副反応はワクチン接種後にくしゃみが出たり、喉に垂れたりすることがありますが、飲み込んでも特に問題ありません。30~40%の人で接種後3日~7日までに鼻炎・鼻づまりが出ることがあります。その他、咽頭痛、咳など軽度の感冒様症状を数日認める場合もあります3)

第一三共ホームページより

厚生労働省:小児に対するインフルエンザワクチンについてhttps://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001256393.pdf

 フルミストは2歳以上19歳未満の者に、0.2mLを1回(各鼻腔内に0.1mLを1噴霧)、鼻腔内に噴霧します。禁忌としては、明らかな発熱を呈している者、重篤な急性疾患にかかっていることが明らかな者、本剤の成分によってアナフィラキシーを呈したことがあることが明らかな者、明らかに免疫機能に異常のある疾患を有する者及び免疫抑制をきたす治療を受けている者、妊娠していることが明らかな者です3)

第一三共ホームページから

 日本小児科学会が下記のような声明を出しています4)
 不活化インフルエンザ HA ワクチンと経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの間にインフルエンザ罹患予防効果に対する明確な優位性は確認されていません。
 2 歳〜19 歳未満に対して、不活化インフルエンザ HA ワクチンまたは経鼻弱毒生インフルエンザワクチンのいずれかのワクチンを用いたインフルエンザ予防を同等に推奨しますが、特に喘息患者には不活化インフルエンザ HA ワクチンの使用を推奨します。経鼻弱毒生インフルエンザワクチンは飛沫又は接触によりワクチンウイルスの水平伝播の可能性があるため、授乳婦、周囲に免疫不全患者がいる場合は不活化インフルエンザ HAワクチンの使用を推奨します。生後 6 か月〜2 歳未満、19 歳以上、免疫不全患者、無脾症患者、妊婦、ミトコンドリア脳筋症患者、ゼラチンアレルギーを有する患者、中枢神経系の解剖学的バリアー破綻がある患者に対しては不活化インフルエンザHA ワクチンのみを推奨します。
 問題は接種料金です。
 ワクチン料金の補助は地方自治体によって定められています。当院の存在する菊池市は従来の皮下注射では1900円、経鼻ワクチンでは8000円の自己負担です。接種前に医療機関に問い合わせしてください。 

令和6年9月20日 
菊池中央病院 中川 義久

参考文献

  1. 鈴木 忠樹ら:IgA 抗体によるインフルエンザウイルス感染防御 . ウイルス 2019 ; 69 ; 153 – 160 .
  2. 大堀 純一郎:経鼻インフルエンザワクチンの現状と今後の展望 . 耳鼻咽喉 2019 ; 122 ; 11176 – 1178 .
  3. フルミスト添付文書
    https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/430574_631370AR1026_1_01.pdf
  4. 日本小児科学会 経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方~医療機関の皆様へ~
    https://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=607