難治性肺 Mycobacterium avium complex 症における ALIS 治療
肺非結核性抗酸菌症(Nontuberculous Mycobacterial Infectious pulmonary disease: NTM-PD)の患者数の増加は世界的に問題となっており、本邦でも2014年にNTM 患者の罹患率は菌陽性肺結核患者を凌駕したことが報告されました。NTM-PD の中で臨床上最も高率 に遭遇し、NTM-PD の80~90%が Mycobacterium avium (M.avium)/Mycobacterium intracellulare(M.intracellulare)症(MAC-PD)です。病型は大きく結節気管支拡張型(nodular-bronchiectatic type)、線維空洞型(fibro cavitary type)に分類され、気管支拡張型において空洞の有無を併記する場合もあります。
MAC-PD治療における重要なポイントは、診断基準を満たしても治療の適応については個別に考慮する点です。慢性疾患である本症では経過の個人差が大きく、約10%は無治療で自然に排菌停止すると報告されています。胸部画像については可能な限り過去の画像と比較し、病変の出現時期、変化等を確認します治療の必要性は年齢、病型、排菌量、基礎疾患等を総合して判断されますが、ATS/ERSガイドライン 2020 では、診断確定後、注意深く経過観察し治療のタイミングをはかる(watchful waiting)よりも治療を考慮すべきと記載されています。なかでも排菌量が多いと思われる喀痰の抗酸菌塗抹陽性例あるいは空洞を伴う例には積極的な治療が望まれています1)。MAC-PDの治療は基本的にはマクロライド(クラリスロマイシンclarithromycin:CAM))、 エタンブトール(ethambutol:EB)、リファマイシン(リファンピシンrifampicin:RFP)あるいはリファブチン)を含む 3 剤で治療を行います。そして重症例や空洞例にはアミノグリコシド薬を追加するように推奨されています3)。この3剤の多剤併用化学療法の排菌陰性化に対する有効性は約60~90%で、その約半数は再排菌します。再排菌は再感染も含まれますが、12カ月以上排菌が陰性化した後の再排菌は再発ではなく再感染であることが多いとの報告より、12カ月以上の排菌陰性持続が治療終了の目安にされています。このように多剤併用療法を開始しても10 ~ 40 % の人は当初より菌陰性化せず、6 ヵ月以上標準治療を行って菌陰性化にいたらない MAC-PD をRefractory MAC-PD と呼びます。このようなMAC-PDに対して開発されたのがアミカシン・リポゾーム懸濁液吸入(Amikacin liposomal inhalation suspicion: ALIS)です。本邦においても2022年 7 月から処方可能となりました。その有効性に対する検討は、ガイドラインに基づく多剤併用療法(guideline based therapy: GBT)とGBTにALISを併用した群でどちらが優れているかという方法で行われました。投与6ヵ月時の喀痰培養陰性化率では、ALIS+GBT併用群29.0%,GBT単独群では8.9%とALIS 併用の有効性が示されました。次に,ALIS+GBT 群で菌陰性化した65例と GBT 単独群で菌陰性化した10例について、同様の治療を12ヵ月継続し終了した時点における菌陰性化が検討されました。ALIS+GBT 群では18.3%の患者で菌陰性化が継続しており,GBT 単独群では2.7%の患者で菌陰性化が継続していました5)。
ALISの副作用はインタビューフォーム上、重大な副作用としては、過敏性肺臓炎(2.7%)、気管支痙攣(21.5%)、第 8 脳神経障害(15.1%)、急性腎障害(3.2%)、ショック/アレルギー(頻度不明)でした。呼吸器系副作用において5 %以上頻度で発症した副作用は、咳嗽、発声困難、呼吸困難、喀血、口腔咽頭痛があげられ、1%以上 5%未満として喀痰を伴う咳嗽、鼻漏、唾液増加、喉の炎症、喘鳴、慢性閉塞性肺疾患などが挙げられていました。
文献5)より転載
発声障害は最も多い副作用で40 ~ 50 % に認められています。その対策として鎮咳剤、トローチ,温湯またはグリセリンによるうがい、口をすすぐなどやALIS の投与を夜間投与への変更などで対処するよう記載されています6)。
吸入 1 回あたりの薬価は42,408.4円、初回指導料は8,780点で2 回以降の指導加算ため2,600点と非常に高額です。患者のほぼ全員が高額療養費制度を利用することになります。
アリケアネットhttps://aricare.net/pre/medicalcost.html#section-1より転載
ALIS 吸入には専属のラミラ(LAMIRA®)ネブライザシステムが必要です。ハンドセットの交換は月に 1 回の目途で行います。ハンドネブライザの洗浄は毎日行います。部品を分解し、内部に残った薬液をふき取り流水で流し、中性洗剤入りの水に浸し、その後専用の蒸気消毒器を用い蒸気消毒するか,精製水を用いた鍋での煮沸消毒を行います。週 1 回はネブライザヘッドを専用の超音波洗浄機で洗浄する必要があります。この操作に最初は1 時間弱かかる場合もあるそうです。操作が煩雑で、作業スペースも必要で、ALIS 導入前に十分な説明が必要です。入院して導入指導する場合もあるそうです4)。佐々木氏は4)ALIS は完全無欠な薬剤ではなく、多剤併用療法に併用し、効果を発揮する薬剤で、効果を過信せず、必要な患者を見極め導入することが、refractory MAC-PD 治療に欠かすことができない技術の一つとなろう、と述べています。
なお当院ではALIS吸入の導入は行っていません。
令和5年7月13日
菊池中央病院 中川 義久
参考文献
1)長谷川 直樹:一般内科医が見落としたくない難治性感染症の診断と治療 非結核性抗酸菌症の診断と治療 . 日内会誌 2021 ; 110 ; 1815 – 1822 .
2)北田 清悟:肺非結核性抗酸菌症 . Kekkaku 2016 ; 91 ; 685 – 689 .
3)日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会:肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解―2012年改訂.結核 2012 ; 87 ; 83 – 86 .
4)佐々木 結花:難治性肺 Mycobacterium avium complex 症におけるALIS 治療導入のポイント . 呼吸ケア・リハビリテーション誌 2023 ; 31 ; 215 – 219 .
5)Griffith DE et al : Amikacin liposome inhalation suspension for refractory Mycobacterium avium complex lung disease . CHEST 2021 ; 160 ; 831 – 842 .
6)アミカシン硫酸塩 吸入用製剤(amikacin liposome inhalation suspension: ALIS 販売名 アリケイス®吸入液590 mg)に関する使用指針 日本結核・非結核性抗酸菌症学会 非結核性抗酸菌症対策委員会 日本呼吸器学会 感染症・結核学術部会 . Kekkaku 2022 ; 97 ; 1 – 2 .