熊本県内でカンピロバクター腸炎が急増
鶏肉などに含まれる「カンピロバクター」を原因とする食中毒が熊本県内で増えています。昨年は過去10年間で最多の8件。今年も6月末時点で既に5件が発生しており最多ペースで推移しています。市保健所によると件数増の原因は不明と言っていますが、コロナ感染が減少して外食の機会が増えたことも要因の一つでしょう。
2022年7月7日熊本日日新聞より転載
カンピロバクター腸炎は細菌性下痢症では原因として一番多く、症状は他の腸炎より腹痛が強く、下痢の回数も多い傾向があります。カンピロバクターは鶏や牛、豚などの腸管内に生息し、汚染された食肉や臓器、飲料水などを摂取することにより感染します。非常に少ない菌量(100 個)で発症することが特徴です。原因食品としては鶏肉が多く、鶏肉をしっかり加熱することにより感染のリスクを70%減らせることが可能です。特に輸入鶏肉のカンピロバクター汚染率に比べて国産鶏肉の汚染率は高く、80~100%にのぼると報告されています。カンピロバクターは乾燥や大気中の酸素に弱く、通常なら保存中に菌量は少なくなっていくので、一番あぶないのは新鮮な鶏肉です。つまり、国産の新鮮鶏肉のレバーのレア焼きの焼き鳥にはまずカンピロバクターがいると思って間違いありません1)。輸入鶏肉が国産鶏肉より保菌率が低いのは冷凍保存の影響で、冷凍・解凍でカンピロバクターが死滅するからです。しかし鶏肉には同時にサルモネラ菌(47.3%)も存在し、サルモネラ菌は冷凍などの保存に強く、また保存状態がわるいと増殖するために別の注意が必要です1)。またいわゆる地鶏は鶏を放し飼いにすると肉が引き締まるといって珍重されますが、鶏は食糞の習慣があり瞬く間にカンピロバクターが蔓延するそうです2)。現在カンピロバクター食中毒撲滅にむけて努力はされていますが鶏肉を生食するなどはもってのほかで、焼き鳥をよく焼かない限りカンピロバクター腸炎はなくならないと思われます。熊本や鹿児島では鳥刺しやたたきを食する習慣がありますが、これを店が提供することは法律違反ではありません。食品衛生法で牛レバーと豚の肉・レバーを生食用に提供することが禁止されています。それは感染すると死に至ることもある腸管出血性大腸菌やE型肝炎ウイルスに汚染する可能性があるからです。カンピロバクター腸炎に罹っても死に至ることはないのでまだ禁止されていないのでしょう。しかし、カンピロバクターによる年間感染者数を指標として人の健康に及ぼすリスクは、鶏肉を生食する人では、一人当たり年間平均感染回数が 3.42 回年・人、生食しない人では 0.364 回年・人、年間「感染者」の平均値が延べ約 1.5 億人と驚くべき数値が推定されています3)。それほど多くカンピロバクター感染症が蔓延しているのです。この感染症が気づかれにくい原因としてカンピロバクター腸炎は潜伏期間が長い(3~7 日)ため患者さんが原因食品を覚えておらず、医師が原因微生物を類推しにくいという背景があります3)。ちなみに鹿児島県の小売店で販売されていた生食用の鶏肉を検査してみると100 個/50 g以上の数値を示したは61検体中3検体(5%)のみでした。冷凍したりして対策をしたのでしょうが、やはり感染の危険があります4)。
カンピロバクター腸炎の症状は、大川らの報告では、下痢が 93%(128/138)、発熱が62%(86/138)、血便が 23%(32/138)、腹痛が 79%(109/138)、嘔気または嘔吐が 28%(39/138)となっています。その中の40例前後に大腸カメラが施行され、病変は終末回腸に31%(11/35)、回盲弁が 93%(37/40)、盲腸が 73%(29/40)と盲腸付近の病変が多く、肉眼的に潰瘍が0%(0/43)、びらんが 26%(11/43)、粘膜内出血と浮腫が 98%(42/43)が認められたと報告しています。他の検討でも回盲弁の潰瘍~びらんが特徴的(45%~95%)と報告されています。内視鏡的止血術を要した報告もあります6)。
カンピロバクター腸炎はマクロライド系抗生物質で治癒する病気ですが、たまに重篤な合併症が発生します。ギランバレー症候群(GBS )とフィッシャー症候群( FS )です7)。GBS はカンピロバクターに対する抗体が自分の神経まで攻撃してしまう自己免疫疾患で、カンピロバクター腸炎後1000人に 1 人ぐらいの確率で発症するのではないかと推測されています8)。GBS は従来、自然経過で改善する予後の良い病気と考えられていましたが、現在はあらゆる治療を尽くしても一定の確率で後遺症を残すことが解ってきました。最近の報告では GBS 発症後6ヶ月での独歩歩行困難が 18%、発症後1年の独歩歩行困難例が 16%、1年後に完全に筋力が回復するのは 61%、10年後歩行困難例 10%、そして1年以内の死亡 4.4%と報告されている重篤な疾患です。
カンピロバクター腸炎は抗生剤をのめばよくなるという簡単な感染症ではありません。GBSという恐ろしい合併症を考えると絶対におこしてはいけない感染症と考えています。
令和4年7月8日
菊池中央病院
中川 義久
参考文献:
1)新鮮地鶏にご用心
2)山本 茂貴ら:Campylobaofer食中毒の制御 . 日本食品微生物学会雑誌 2006 ; 23 ; 107– 108 .
3)肉フェスで大勢の食中毒!犯人はやっぱり!
4)柿内 梨那ら:鹿児島県内で市販される鳥刺しと加熱用鶏肉のカンピロバクター汚染状況 . 日本食品微生物学会雑誌 2019 ; 36 ; 165 – 168 .
5)大川 清孝ら:カンピロバクター腸炎とサルモネラ腸炎の臨床像と内視鏡像の検討 . 日本消化器内視鏡学会雑誌 2018 ; 60 ; 981 – 990 .
6)松原 大ら:内視鏡的止血術を要したCampylobacter 腸炎の一例 . Progress of Digestive Endoscopy 2020 ; 96 ; 179 – 180 .
7)海田 賢一:Guillain-Barre 症候群の予後因子 . 臨床神経学 2013 ; 53 ; 1315 – 1318 .
8)桑原 聡 : 免疫性末梢神経障害の病態と治療 . Guillain – Barre症候群を中心に .日本内科学会誌 . 2010 : 99 : 305 – 309 .