バイオマーカーによる感染症診断―特にCRPについて―


 本邦においてCRP(C反応性蛋白;C reactive protein)は感染症診療の診断や治療効果の判定に広く使用されてきました。しかし、アメリカを含む多くの国ではCRPを感染症の診断・治療に用いることはなく、むしろプロカルシトニンを使用されることが多いそうです。今回、私たちが当然のように使用しているCRPについて考えてみることにしました。
 アメリカではCRPを使用しないと書きましたが、高感度CRP(hs-CRP)と動脈硬化の関連ではよく研究されています。従来はCRPは急性炎症で上昇してくる部分にのみ着目され、正常値とされてきた0 .3 mg /d l 以下の世界では何が起こっていたのかはわかりませんでした。ところが、hs-CRP測定装置が開発され0 .0 1 mg/ d lまで測れるようになると、これまで「健康」とされてきた人にも異常が潜んでいたことが明らかになってきました。実は動脈硬化を持っている人は、持っていない人に比べてCRPが常に高い傾向にあるのです。つまり、動脈硬化も慢性の炎症でおこることが解ったのです。hs-CRPによると健康な人の基準値は0.04 mg/d l 以下と解り、0.3 mg /d l より高い人は明らかに近い将来心筋梗塞の発症率が高く、寿命が短いことが解りました。また、糖尿病や肥満、喫煙、加齢でもCRPは高くなる傾向があります。そこで、このような人に減量を指示するとともに炎症をおさえるスタチン(もともとコレステロールを下げる薬)を処方して動脈硬化や心筋梗塞を予防しようということでhs-CRPが使用されています。しかし、hs-CRPは測定キットが異なり、通常の診療で混同されることはありません。
 さて本題のCRPですが、炎症性サイトカインと称されるインターロイキン(IL)-1、IL-6、IL-14、TNFαなどが肝臓に作用してCRPを合成させます。またこれらのサイトカインはトロンビン、補体、ブラジキニン、紫外線、細菌の構成成分であるLPSなどによって産生が促進され、特にLPSからの刺激は強く、それゆえ細菌感染症のときにCRPは高値となります1)。それでは何故アメリカでCRPを使用しないのでしょうか?今回調べた範囲ではその明快な答えは明らかではありませんでした。少なくともCRPを感染症診断に使う意味がないという大規模研究はなされていないと思います。推測ですが、CRPはないものと思い、それに慣れてしまうとそんなに不自由はないのではないでしょうか?CRPがすごく高ければ細菌感染と確定できるわけではありませんし、患者の全身状態の観察でCRPを代用できるからなのでしょう。それではどこにCRPの有用性があるのでしょう?
 私が考えたCRPの有用性
@160円と安い検査で、30分ぐらいで結果が判明する。
A原因まではわかりませんが、重症度がわかる。
B現在の治療方針でよいか、確認ができる。
  の3点です。
 私たちは感染症の患者さんを診察するとき、100%の確定診断をして治療をおこなっているわけではありません。初診の場合、問診と診察で大半のかたは(90%以上?)検査をせずに大体の診断をして治療を行っています。それで、大半のかたが(95%以上?)良い経過で改善します。それは、もともと感染症は治療しなくても自力で良くなっていく場合が多いし、患者さんに無駄な検査をして時間やお金を使わせたくないと考えるからです。ところが時に問診と診察では診断に自信がなく、それどころか重症か軽症かの区別も自信がないことがあります。例えば、高熱のみが主訴で、ぐったりしていている中年の男性。診察所見も特別な所見なしの場合です。単なる風邪(この場合CRP 2.0 mg / dl程度まで)のこともあるし、敗血症(この場合CRP 10 mg / dl 以上)のこともあります。こういうときCRPは160円30分で重要なサインを提示してくれます。逆に重症の細菌性扁桃腺炎などはCRPの測定は必要ありません。CRPが高くても低くても治療方針は変わりませんし、今後の経過も類推できます。つまり、診断・治療に自信がある場合はあまりCRPは必要ありません。しかし、感染症治療は誤診をしても一旦は改善傾向をみることはよくあります。例えば単なる胸膜炎と診断して抗生剤治療で一旦軽快傾向あり、治療中止すると再発し、実は脊椎の骨髄炎が隠れていたということもあります。この場合は胸膜炎の割りにCRPの改善が遅いというサインを提示してくれるでしょう。またCRPは感染症以外でも上昇するので、感染症治療でも改善がないときは他の病気かもしれないという示唆を与えてくれます。
 CRPは細菌感染症の鑑別に有用か?予後予測に有用か?などという堅苦しいスタディには良い科学的根拠は証明されないかもしれませんが、柔軟な個別化診療を行ううえではなくてはならない武器だと考えます。最後にCRPを参考にするにあたっての注意を記しておきます。
@炎症がおこってCRPが上昇するのに6時間以上はかかる。半減期も4〜9時間もかかる。
A肝機能が悪い人や、抗IL-6 の治療をしているひとは炎症があってもCRP は上昇しない。ステロイドを使っているひとは上昇しにくい。
B免疫学的検査判断料が月に1回算定される。1440円なので、外来で多くの患者さんに検査をすると多額の医療費増大になる。
C一番問題なのは医師がCRPばかりに注目し、診察所見などをおろそかにすることと思われます2)
                            平成23年8月8日

参考文献
1) 高橋 伯夫:これだけは知っておきたい検査のポイント.CRP(C反応性蛋白).
medicina 増刊号2010 ; 47:147〜149 .
2)北薗英隆:内科診療における論点 . 細菌感染症の治療効果判定に血清CRP値を使用するべきか?
内科 別冊 2011 ; 107 : 1378- 1381 .