医師である我々は、大手薬剤メーカー、文献、インターネットその他多くの手段で最新の医学情報を得ています。しかし、事実は同じでも医学情報はその伝え方で印象が大きく変わります。例えば、「この薬を5年間のんだらある病気の死亡を5年後に50%減らせた。」といわれると、すごい薬が開発された!とすぐとびつきそうになるのですが、50%減らしたといっても、対象5%と薬2.5%死亡、と対象0.005%と薬0.0025%死亡では全く意味合いが違ってきます。つまり、そんなに少ない死亡率を減らすために5年間もずっと薬をのまされるのは詐欺みたいなものです。医師も臨床が長くなると昔習った統計学も忘れてしまい、こういう情報に踊らされることも稀ではありません。
実際、薬を飲まされる患者さんにとって、この薬をまじめにのみ続けることによってどれだけ得なのか?をあらわすのが、治療必要数(
NNT )です。正しくいうと、ある疾病イベントが1人に起きるのを予防するための薬物投与を何人に行えば実現するか?という数字です。NNTが100というと、100人に投薬して1人予防できるということです。残る99人を無駄と考えるかどうかはそのイベントの質(重要さ)とその薬物の値段、副作用の有無などにより左右されます。NNTの数値は少なければ少ないほど優れているといえます。米国ではNNTの大きい薬剤は保険支払いを認めない例もあるそうです。
以下、簡単な計算法です。興味のないひとは読む必要はありません。
***治療必要数(NNT)の計算***
よく言われる治療効果の示し方というのは、降圧療法により脳卒中が30
%減少したというようなものです。この30 %というのはどんな指標なのでしょう?50
%の脳卒中が20 %まで減少したのでしょうか?あるいは10
%の脳卒中の30 %が減少して、7 %になったのでしょうか?
*相対危険減少(Relative
risk reduction ;
RRR )*
プラセボ群での脳卒中発症率10 %、降圧薬群で7
%の場合、プラセボ群を基準に割り算をし、7
/10 = 0.7 を相対危険と呼びます。相対危険は1
のときに差がなく、1 より小さければ小さいほど効果が良い。大きければ大きいほど有害である。また、1−相対危険を相対危険減少(Relative
risk reduction;RRR)といいます。この場合0.3
。すなわち30% 脳卒中を減少させるということです。RRRは0のとき効果がなく、大きければ大きいほど効果が大きく、0より小さければ有害です。現在多くの大規模臨床試験の結果はこのRRRで表されています。
*絶対危険減少(Absolute
risk reduction ;
ARR ) *
10 %の脳卒中が降圧薬投与で7 %に減りました。引き算をしてみます。
0.1−0.07=0.03、3%の脳卒中の減少です。この3%を絶対危険減少といいいます。さらにこのARR
=3%の逆数、1/0.03 = 33.3、切り上げて34
を治療必要数といいいます。34 人治療すると、脳卒中を1
人減少させるという指標です1)。
NNTは通常血管イベントの抑制効果、慢性疾患の予防などによく使用されます。例えば、プラバスタチン(コレステロールを下げる薬)による心筋梗塞の一次予防効果を検証したWOSCOPSでは総死亡率(平均観察期間4.9
年)に関するNNTは111 (N Eng J Med 1995 ;
333 : 1301 - 1307 )です2)。これは、コレステロールを下げる薬を4.9年間、111人に投与して1人心筋梗塞による死亡を予防できた。という意味です。NNTの方から薬剤投与をみてみるとあまりコレステロールの薬などのみたくなくなるのも事実です。また、5年間の降圧剤投与でどれぐらい脳卒中を予防できるかを試験したSHEPではNNTは33.3(
JAMA1991 ; 265 : 3255 - 3264 ) です。一般的に薬剤効果をNNTからみると非常に効率が悪い印象をうけます。感染症領域では、急性中耳炎の小児への抗菌薬投与による症状改善をみたランダム化比較試験ではNNTは7(British
Med J 2000 ; 320 : 350 - 354 )というのがありました2)。これはこれまでの常識に反した事実であり、小児の中耳炎には抗生剤を投与しても7人に1人しか有効でない。つまり、必要ない。ともとれるデータです。通常、感染症外来でNNTを考える場合として、ワクチンが想定されます。例えば日本脳炎ワクチンです。日本脳炎ワクチンの有効率は80%といわれています。ワクチンの有効率は発病者に対する割合だから、日本脳炎の発病率0.1%(1000人に1人)、ワクチン有効率80%のとき、1万人のうちワクチンで守られるのは8人。NNTは良くて1250・・・。しかし、これをもって日本脳炎ワクチンは不要とは言えないのです。それは、日本脳炎に罹りやすいひとが存在するからです。流行地に居住し、近くに養豚場がある老人などです。また日本脳炎は一度発病すると治療法がなく、半数で重篤な脳の後遺症を残します。私たち医師は日本脳炎に罹る危険の高いひとをみつけてワクチン接種をすすめる必要があります。
- NNTのまとめ -
・NNTの概念も知らずに「予防できる病気は全部予防しましょう」ではあまりに乱暴すぎる。
・疾病予防は、ある意味、保険みたいなものだから、「掛け捨て」の無駄は当然発生する。
・ひとによって罹りやすい疾病があるので、その係数をNNTに加味する必要がある。
・NNTはその予防にかかる費用や疾病の重大さで意味が変わってくる。
・NNTもバイアス(Bias : 偏りのこと。母集団に特定の性質をもったひとが多く存在すること)が存在する可能性はある。
以上のことを考えながら感染症予防をやっていきたいと思っております。
平成23年7月19日
参考文献
1)名郷 直樹 : 臨床試験成績の読み方・臨床試験のABC
.
日本医師会雑誌・増刊号
. 135 : 111 - 114
, 2006 .
2)治療必要数(NNT)
http://bizboard.nikkeibp.co.jp/kijiken/summary/20030501/NM0426H_375335a.html