私たち医療従事者が難しく感じるワクチンの代表に破傷風ワクチン(以下破傷風トキソイド)があります。その理由を以下に列記します。
1)破傷風は本邦では年間100人ほどの発生ではありますが、死亡率20〜50%と致命率の高い疾患であります。破傷風トキソイドは明らかに破傷風発症阻止に有効なワクチンであり、その存在価値が大きいこと。
2)破傷風は感染によっても免疫を獲得できず、破傷風への免疫獲得はワクチンしかないこと1)。
3)破傷風トキソイドは最も痛いワクチンのひとつであり、また、過剰免疫接種でより強い局所反応やアナフィラキシー反応をおこすことがあり、過剰接種をひかえるべきワクチンのひとつである2)こと。
4)外傷後感染予防と渡航ワクチンとでワクチンの種類を使い分ける必要があること。
5)DPT と DT と トキソイドワクチンがあり( D : ジフテリア、P : 百日咳、T : 破傷風)、破傷風抗原の力価が異なること。
以上のようにとても複雑なワクチンです。
外傷後ワクチンと渡航ワクチンにわけて考えてみましょう。
破傷風ワクチンを考えるとき必要な知識を以下に書きます。
昭和43年以前に生まれた人(現在43歳以上)は、特別な場合(外傷や渡航でワクチンをうけた)をのぞいて破傷風に免疫はありません。この理由はワクチン制度の変遷によるもので割愛します。42歳以下のひとは90%以上のひとが抗体を保有し、13歳が最強の抗体を保有していると考えられます。
<外傷後感染予防ワクチンについて>
過去のトキソイド接種 清潔な小外傷 不潔な外傷
回数
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接種からの年数 |
トキソイド |
グロブリン |
トキソイド |
グロブリン |
3回以上
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5年未満 |
不要
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不要 |
不要 |
不要 |
3回以上
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5〜10年 |
不要
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不要 |
要 |
不要 |
3回以上
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10年以上 |
要
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不要 |
要 |
不要 |
2回未満
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10年以上 |
要 |
不要 |
要 |
要 |
(破傷風グロブリンはすでに組織に結合した毒素は中和できず、使用するならごく早期の使用が望まれる)
外傷後破傷風予防ガイドラインを表にしました3)。ここで問題になるのは外傷の程度で破傷風発症の予知が可能かどうか?ですが、基本的には不可能です。古釘をふんで足にささったなどは発症しやすいとのことで異論はないと思いますが、破傷風はごく小さな傷(歯性感染など)や土いじりでも発症した報告があり、破傷風発症には外傷部の汚さより患者の免疫力の強さに影響されるようです。もちろん、受傷部の処置(デブリードメンなど)で発症をへらせることはいうまでもありません。表はあくまで目安であり判断に困ることは多いと思います。40歳以上のかたの汚い外傷をみたら、トキソイド 0.5 ml を受傷直後1回、1ヶ月後もう1回の計2回接種したほうが無難でしょう。小中学生の高度汚染創にはトキソイド 0.5 ml を受傷直後1回のみ接種します。この場合、接種局所の強い腫脹・疼痛の出現が予想されるため、保護者・本人によく説明をしておくべきでしょう。
外傷後感染予防に保険が適応されるのはトキソイドのみです。トキソイド以外を接種することはありません。
<渡航ワクチンについて>
破傷風は先進国、開発途上国を問わず、世界中どこでも罹患する可能性があるため破傷風ワクチンはトラベラーズワクチンとして必須であります4)。40歳以上のかたはトキソイド 0.5 mlを初回、3〜8週後、6ヶ月以上後の計3回接種します。2回目以降は強い局所反応がでることがあります。あまりに副作用が強い場合は以前、接種したことがなかったかどうかもう一度確認する必要があります。2回目に強い局所反応があったら3回目はうたないほうが良いでしょう。30歳代でDT 0.2 ml 、20歳代で DT 0.1 ml か DPT 0.2 ml の接種がすすめられているようです。これは、冒頭に記載したごとく、過剰免疫をさけるためです。
破傷風トキソイドの効果は10年間しか持続せず、また、感染による免疫獲得もないため10年ごとの接種は全成人に必要とも思われますが、発症頻度が少ないため、外傷をおこす危険の高い人などは接種を考えたほうがよいと思われます。
最後に各ワクチンの破傷風抗原量を記載しておきます。
トキソイド 0.5 ml : 5 Lf , DPT 0.5 ml : 2.5 Lf , DT 0.5 ml : 5 Lf , DT 0.2 ml : 2 Lf , DT 0.1 ml : 1 Lf , DPT 0.2 ml : 1 Lf。
D:ジフテリアが多く含まれているのは過去、破傷風よりジフテリアの予防に主眼がおかれたもので、現在、日本ではジフテリアの発生はありません。新たなワクチン構成の変更が必要なのはいうまでもありません。このように日本でのワクチン接種が難しい理由は、感染症の変遷に行政の対応が追いついていかず、感染症の流行とそれにともなうワクチンの必要と供給がずれてしまっているところにあります。当院では現在あるワクチンを最大限有効利用できる努力をしております。
平成22年9月30日
参考文献
1)岡部 信彦ら : 予防接種に関するQ&A集 . 第5版, 細菌製剤協会, 東京,
2009 : 34 − 41.
2)宮津 光伸 : 破傷風トキソイドワクチン接種時の痛みについて . 日本渡航医学
. 2009 ; 3 : 20 − 22 .
3)鈴木 博子 : 創感染予防 ? 創処置後、動物咬創に対する薬剤投与は? -
.救急医学 . 2008 : 32 : 759 − 762 .
4)中野 貴司ら : 海外渡航者のためのワクチンガイドライン . 第1版 , 協和企画
, 東京 , 2010 : 21 − 23 .